石積を守るために (1)
中世から江戸時代にかけて積まれたと言われる岩座神集落の美しい石積。一つ一つを人が運び積んで来たのだという事実を想像すると、いったいどれだけの時間と、労力が注ぎ込まれてきたのかと思う。
もともとは山岳信仰。村の北の千ヶ峰の寺、神光寺が栄えた時代に(遺跡調査では一時期は比叡山延暦寺ほどの規模感だったとも)に寺の修行僧の生活を支えるために築かれた村らしい。こんな山間でもなんとか米を作ってやろうという気概が伝わってくる。
僕らは今年から縁あって、この土地の棚田の一部を引き継ぐこととなった。荒れてしまった土地を耕作しながらふと顔を上げて、周囲を眺めると美しい景色が広がる。先人たちが脈々と繋いできたこの景色を僕たちが受け取ったんだ。そうと思うと不思議と力が湧いてくる。
石積は、現代ではその技術が過去のものになりつつある。熟練工でも新人でもある程度均一に同じ品質が出せて再現ができることが重要な現代の建築には合わないのだろう。耐久性を数値化したり証明しにくいという点でも採用されにくいのだろう。 それにとにかく石積には人の手間がかかる。
材料だって、ただの石なのだから昔はそこら辺の石を村の中の百姓が地道に集めて積んだに違いないが、今では下手すると「そこら辺にあるものを使う」ほうが、遠くから運んでくるより金がかかってしまうのだ。
そんな状況の中で、美しい村の石積をどうしたら後世に残して行けるのだろうか。そんなことを考えて行きたい。
続く



